AIの価値は最後の10%で決まる──ラストワンマイルの実践知|3社合同イベントレポート

AIの価値は最後の10%で決まる──ラストワンマイルの実践知|3社合同イベントレポート

2026年3月12日(水)、株式会社LayerX、株式会社エクサウィザーズ、株式会社RightTouchの3社合同で「AIの価値は最後の10%で決まる──ラストワンマイルの実践知」を開催しました。

本イベントは、AIプロダクトを実際に顧客へ導入・運用する中で得られた 「ラストワンマイル」の実践知 を共有する場として企画されました。各社からAIプロダクト開発の最前線で活躍するエンジニア・マネージャーが登壇し、現場で直面する課題やその解決策について熱い議論が交わされました。

イベント概要

本イベントでは、3社それぞれの視点から「AIプロダクトのラストワンマイル」に迫るLTが行われました。

  • RightTouch 川下さん: デリバリー組織の責任者として、AIオペレーター(次世代型ボイスボット)導入における具体的な事例と、ラストワンマイルを埋めるための工夫を共有
  • LayerX 権瓶さん: Ai Workforce事業部のDeployment Strategistとして、エンタープライズ向けプロジェクトマネジメントの実践知を紹介
  • ExaWizards 加藤さん: 技術専門役員として、現場に定着するAIをつくるためのAIエンジニアの働き方について語る

各社15分の発表に続き、パネルディスカッションでは「ラストワンマイルの正体」「プロダクトとエンタープライズの両立」「品質担保」といったテーマで活発な議論が行われました。

LT1: 「AIの価値は最後の10%で決まる」 / 川下 治城さん(RightTouch)

RightTouch川下さんの発表

RightTouchでデリバリー組織の責任者を務める川下さんからは、AI時代だからこそデリバリーが勝負どころになる という視点で、ラストワンマイルを埋めるための実践知が共有されました。

発表のポイント

  • AI時代はデリバリーが重要になる: 今まではユーザーが自分の困りごとを定型データに変換する必要があったが、AIによって サービス側が非定型から定型への変換を担える ようになった
  • 意思決定を現場に戻す: AIプロダクトは大量の一次情報を扱うため、ユーザーに最も近い現場が意思決定を持つべき
  • ラストワンマイルの正体: 初期設定やテストで90%の精度が出ても、実際に一般ユーザーに公開すると 予想外のエッジケースがゴロゴロ出てくる。この残りを埋め切らないと、結局人が動き続けることになりAIの価値が届かない

具体事例:大手証券会社のAIオペレーターPoC

川下さんは、月間呼量2万件の大手証券会社でのAIオペレーター導入事例を紹介しました。

  • 目的: IVRの代替として、ユーザーが自由に話した内容をAIが理解し適切な窓口に振り分ける
  • 工数配分の実態:
    • 初期設定・設計: 3週間
    • 社内テスト: 4週間
    • 本番公開後の精度向上: 8週間 ← これまでの期間の合計よりも長い!
  • 何をしたか: 毎日数百件〜のログを見て、正解データを作り、テストケースを追加し、フローを修正して改善を回し続ける

川下さんは「二度とやりたくないと思うほど大変だった」と正直に振り返りながらも、「この最後の10%を埋め切らないとAIの価値は出ない」と強調しました。

プロダクトへの還元

この経験を踏まえ、RightTouchでは以下のような取り組みを進めています。

  • 社内用AIエージェント: ログ解析の一部を自動化
  • ログ解析→課題抽出→テストケース作成→修正→公開までをAIで自動化する機能を開発中。将来的には、クライアント自身が正解/不正解の判定だけを行えば運用できる仕組みを目指している

一次情報をもとにPDCAを回す体制を組み、そこで出てきた課題をしっかりプロダクトに落とし込んでいく」というサイクルの重要性が印象的でした。

LT2: 「顧客価値を最大化するプロジェクトマネジメント」 / 権瓶 匠さん(LayerX)

LayerX権瓶さんの発表

LayerXのAi Workforce事業部でDeployment Strategistを務める権瓶さんからは、エンタープライズ向けAIプロダクトにおけるプロジェクトマネジメントの実践 が紹介されました。

Ai Workforceとは

  • 文書処理に特化したプラットフォーム: エンタープライズ企業が扱う大量の文書(提案書、契約書、見積書など)をAIで処理できる基盤
  • ビジネスモデル: 受託開発とSaaSの中間的な位置づけで、プラットフォームの機能を活用しながら個別にチューニングして提供

組織構成と役割分担

LayerXでは、AE(Account Executive)、DS(Deployment Strategist)、FDE(Forward Development Engineer)がチームを組んでプロジェクトを進めています。

  • AE: お客様を見つけ、初回相談をする
  • DS: 上流の壁打ち、業務プロセス設計を担当(コンサル経験者が多い)
  • FDE: 実際のプロジェクトの開発を担当しつつ、プラットフォームへの開発も行う

特徴的なのは、「あえて厳密に役割を切り分けない」 というプロジェクトマネジメント方針です。DSとFDEの間にグレーゾーンを設けることで、落ちているボールをお互いが拾おうとする文化 を作っています。

ラストワンマイルへのこだわり

権瓶さんは、ラストワンマイルを届けるために以下を重視していると語りました。

  • 客先常駐や対面ミーティングを増やす: リモート会議では見えない「言語化されていない情報」をキャッチする。例えば、お客様のPCスペックが低くて動作が遅いといった現場の課題は、実際に訪問しないと分からない
  • 業務全体を見る: 例えば、文書処理でExcelを出力するだけでなく、その後に基幹システムへ手入力している業務があれば、RPA開発まで提案する。単一プロダクトの範囲を超えて、業務の全体最適を考える

また、プロダクトとプロジェクトの境界についても柔軟に対応しており、FDEがプラットフォームにプルリクエストを送る ことも日常的に行われているそうです。AIによってコーディング効率が上がったことで、プロジェクト対応をしながらプロダクト改善に貢献するハイブリッドな働き方が可能になっています。

LT3: 「現場に定着するAIをつくるためのAIエンジニアの働き方」 / 加藤 卓哉さん(ExaWizards)

ExaWizards加藤さんの発表

エクサウィザーズで技術専門役員を務める加藤さんからは、現場に定着するAIプロダクトを作るために必要なAIエンジニアの視座 が語られました。

一次情報を深く理解する

加藤さんは、LLMの成り立ちから考えると 「特殊なデータ」や「特殊なデータ形式」への理解力が低い という課題を指摘しました。

  • 基盤モデルの限界: インターネット上に存在しないビジネスデータ(例:製造業で使われるCADデータ、メッシュデータ)は学習されていないため、汎用的なLLMだけでは対応できない
  • 伝統的な認識技術の重要性: 点群データ・CAD・メッシュといった3D形状データには、それぞれ得意な用途があり、ドメイン知識を持った機械学習エンジニアが深く理解する必要がある

例えば、点群データは高速取得できるがデータが荒く製造業では使えないケースが多い一方、CADは設計に適しているがオープンデータが少なく数理的に扱うのが難しい、といった特性を理解した上で適切な技術選択をする必要があります。

役割を超えた開発体験

加藤さんは、コーディングエージェント(Claude Codeなど)の登場により、役割の境界が曖昧になってきた と述べました。

  • ドメイン知識を持った機械学習エンジニア が、UI設計からインフラ構築、認識モデル開発までを1.5人程度で回せる時代になった
  • 高速なプロトタイピング により、お客様と壁打ちしながらフィードバックループを素早く回せる
  • 非エンジニアも開発に関われる環境整備: 社内ポータルからアイデアを投稿すると、自動的にGitHub Issueが作られ、単体テストまで生成される仕組みを構築

特に印象的だったのは、「自分のやりたいこと・やらなければならないことはコーディングエージェントに任せられるので、むしろメンバーには全然違う観点でやりたいことをやってもらえる」という発言です。役割分担の在り方そのものが変わりつつあることが伝わってきました。

品質担保の新しいアプローチ

AIエージェントを活用する中で、品質担保も課題になります。加藤さんは、AIのチェック力と人間のチェック力を補完関係として捉える ことの重要性を強調しました。

  • コード全てを一言一句読み込むのではなく、AIが曖昧性を指摘した箇所に人間が注視する
  • 責任範囲を明確にした上で、小さく実験を始める

パネルディスカッション:ラストワンマイルを巡る実践知

パネルディスカッションの様子

3社の登壇者に加え、モデレーターを交えたパネルディスカッションでは、以下のようなテーマで議論が展開されました。

AI時代に変わったこと、変わらないこと

川下さん(RightTouch): 「変わらないのは『お客様に価値を届ける』という本質。変わったのは、一次情報をもとに改善を回す速度が劇的に上がったこと。Claude Codeのおかげで、お客様から言われたことが翌日には直っている、というスピード感が実現できるようになった」

権瓶さん(LayerX): 「お客様のためになるかどうか、という判断軸は変わらない。ただ、出来上がるものの速度とレベルが上がったことで、一つの判断の重みが増した。ABテストの画面を簡単にデモできるようになり、お客様と一緒に『どっちが使いやすいか』を議論できるようになった」

加藤さん(ExaWizards): 「以前はチャットボットを作るところから始まって、その先の本質的な課題になかなか辿り着けなかった。今は、LLMである程度できる前提で、その先の特殊なデータをどう扱うか、に早く到達できるようになった」

ラストワンマイルの正体

川下さん(RightTouch):もうここでいいだろうと思ったら、もう一歩だけ超えていく。実際にコンタクトセンターに見学に行って、オペレーターさんが広辞苑より分厚いマニュアルを使っている現場を見ると、解像度が一気に上がる。使われる人の気持ちになれるかどうかが全て」

権瓶さん(LayerX):お客様の業務全体を見ること。我々のプロダクトで効率化しても、その後に基幹システムに手入力しているなら本当に業務効率化したと言えるのか?そこまで見極めて、必要ならRPA開発まで提案する」

加藤さん(ExaWizards): 「SaaSのコモディティ化が進む中で、各業界に特化したカスタマイズ要望にどう応えるかがラストワンマイル。MCPやスキルといった仕組みを使って、汎用的なツールの先でお客様に合わせた価値を届けることが重要」

プロダクトとエンタープライズの両立

川下さん(RightTouch): 「AI時代の前よりも、プロダクトでエンプラをやりやすくなったと思っている。LLMが曖昧さを吸収してくれるので、プロダクトの上でLLMがよしなにやってくれる範囲が広がった」

権瓶さん(LayerX): 「プロジェクトとプロダクトを切り分けつつ、FDEがプロダクト(プラットフォーム)にプルリクを送る という柔軟な体制。AIでコーディング効率が上がったおかげで、プロジェクト対応しながらプロダクト改善に貢献できるようになった」

加藤さん(ExaWizards): 「プロダクトの粒度が細かくなってきている。MCPサーバー一つでもプロダクトになり得る時代。小さなプロダクトを組み合わせる ことで、エンタープライズの個別要件にも対応しやすくなる」

品質担保の難しさ

川下さん(RightTouch): 「AIオペレーターでは、文字起こしの音声をそのままテストケースとして入れられる機能を作った。ただ、LLMの確率的な揺らぎ があるので、1回通ったテストが次は通らないこともある。何回評価させるか、コストとのバランスが課題」

権瓶さん(LayerX): 「言い回しが気になる、といった定性的な観点 が重要になってきた。また、GPT-4が廃止されるといったモデルの停止サイクルが早く、エンタープライズのお客様は5年に1回のリプレースを想定しているのに半年ごとにリプレースが必要になる、という期待値コントロールが難しい」

加藤さん(ExaWizards):AIのチェック力と人間のチェック力を補完関係 として捉える。AIが曖昧性を指摘した箇所を人間がしっかりチェックし、責任範囲を明確にする。小さく実験を始めて、徐々に広げていくアプローチが重要」

懇親会

パネルディスカッション後は、LayerXのオフィスで懇親会が開催されました。

登壇者だけでなく、参加者の皆さんも実際にAIプロダクトの開発・導入に携わっている方が多く、「ラストワンマイルの苦労」を共有し合う 姿が印象的でした。エンジニア、PdM、ビジネスサイドなど、さまざまな役割の方々が垣根を越えて交流し、セッションで語られた内容をさらに深掘りする熱い議論が続きました。

会場のあちこちで「うちも同じ課題がある!」「そのアプローチ、試してみたい」といった声が聞こえ、3社合同イベントならではの横断的な学びが生まれていました。

おわりに

今回のイベントを通じて、AIプロダクトの価値は「最後の10%」をどう埋めるかで決まる という共通認識が改めて浮き彫りになりました。

  • 現場の一次情報を深く理解すること
  • 役割を超えて協働すること
  • お客様の業務全体を見ること
  • プロダクトとプロジェクトを柔軟に行き来すること

各社のアプローチは異なりますが、「ユーザーに価値を届け切る」という信念 は共通していました。

AIによってできることが劇的に広がった今だからこそ、ラストワンマイルを埋めるための地道な努力と、それをプロダクトにフィードバックする仕組み作りが、より一層重要になっているのだと感じました。

改めまして、登壇者の皆様、参加者の皆様、本当にありがとうございました!

採用情報

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